★『音楽現代2005年5月号」インタビュー記事

○大谷玲子に訊く(訊き手:浅岡弘和)

――まず、オペラの森のオーケストラピットに入ってみていかがですか?

大谷:昨日でしたか、ある奏者がソロの部分で一音違った音を弾いた所があって、それを小澤先生が「そこの音、ソロ、違ったんだけど」と指摘されると「大変、間違えた。凄いねえ」と逆にその方が感心したりして。でもその奏者の方は後で「いやー、小澤さんがちゃんと聴いているかテストしてみたんだよ」なんておっしゃってましたけど(笑)サイトウキネンでもそうですが、指揮者もオケのメンバーも和気藹々とした雰囲気のリハーサルです。

――他の指揮者はわからないものなんでしょうかね(笑)小澤さんはオペラはあまり得意じゃない筈で、エレクトラを含めてもレパートリーはそう多くないという話ですが。

大谷:でも毎年サイトウキネンでなさってますけれど、いつも相当勉強されてますよ。暗譜されるくらいですから。

――初めてだから勉強するのかもしれない(笑)慣れちゃってルーチンワークになると皆、勉強しなくなるものです。

大谷:でも、あのバイタリティというか、物凄いものがありますね。

――そういうもので皆を引きつけていくのかな。それがオザワの魅力でしょうか。

大谷:もちろん小澤先生御自身も本当に真剣にその曲に取り組んでいらっしゃるし、それが皆に伝わるというか。オケのメンバーも自然に引き込まれていきます。

――一丸となってというか

大谷:もちろんメンバーも素晴らしい方々ですし、歌手も凄い人が来てますけれど。サイトウキネンもそうですが、常設のオーケストラではないじゃないですか。世界中から集まって来て、それを短い時間でまとめていくという求心力は小澤先生ならではだなという気はします。

――やっぱり、そういう所があるんですね。そうでもなければ世界のオザワにはなれないでしょうから。それで小澤さんの指揮では言葉と身ぶりのどちらが大きいですか。

大谷:両方ですね。

――外国ではどうなのでしょうね。

大谷:リハはほとんど全部英語です。そんなに難しいことはおっしゃいませんけれど(笑)オケのメンバーも日本語が通じない人が多いですし管楽器奏者は外国人の方が多いです。もちろん歌手も……

――どんな言い方をされますか?よく長島監督が「来たボールをバーンと打てばいいんだ」というような言い方をしたと言われますが、擬音が多いとか(笑) 音楽用語とかはどうでしょう。

大谷:難しくはおっしゃらないですね。簡単で明確、でも的を射ているというか。今回はエレクトラで、ちょっと変わったオペラなのでイメージを湧かせるようなことはおっしゃいますけれど。エレクトラの心境を表現したり「ここでグサッと殺されるからそういう音が欲しい」とか(笑)長々とはおっしゃらないです、時間ももったいないですし(笑)

――簡単明瞭に。それで面白い話もするんですね。

大谷:そうです。休憩中も他のスタッフの方と打ち合わせをして、次にどこをどう練習をするか考えてから戻って来られるようで効率的といえば効率的ですね。あと、もの凄く耳がいいですね。

――ちょっとでも外したらすぐ指摘しますか?

大谷:個人攻撃とかは滅多にされませんけれど(笑)、ちゃんと全部聴かれていますね。色々なパートを。でもセクションリハーサルはともかく、全員でのリハーサルではそれよりもっと大きな音楽の流れの中での問題点を指摘される指摘されることが多いです。


◎5月のシティフィル定期出演について

――シベリウスは今までどのくらい弾いてますか?

大谷:オケとは5、6回ですかねえ。一日2回とか弾いたこともありますけれど(笑)

――やっぱりあまりにも有名すぎるメンデルスゾーンなんかは飽きられちゃってるようだしね。

大谷:多いですね。メンコン、チャイコンは。でもやはり何度弾いてもさすが名曲、飽きることはないですし、弾くたびに違う演奏になっているとは思います

――初めて東京のクラシックファンの前にお目見えするとなるとシベリウスはいいですね。名曲だし、ベートーヴェン、ブラームスのように大き過ぎもしないし、ブルッフじゃちょっと物足りないしね。

大谷:九響とか関西フィルとかでも飯守先生とシベリウスは弾いているんです。

――その時の印象はどうでしたか。

大谷:凄く楽しい本番だったんですよ。

――飯守さんっていつも楽しそうに棒を振るからなあ(笑)

大谷:3楽章とか、もう指揮台の上で踊っておられる感じで(笑)こっちもノセられたというか。

――飯守さんの指揮は見ていて楽しくなるから。本当に音楽にノッてる感じですからね。

大谷:以前、九響と弾いた時も楽員の方たちが「こんなに拍手が来たことは滅多にない」とおっしゃるくらい凄い拍手を戴いて。ノセていただいたというか(笑)

――この曲についてもう少し思い入れのようなものをお願いします。

大谷:シベリウスは主にオイストラフ先生に習った曲ですね。留学中に。技術的には決してやさしい曲ではないですし、音楽的にも……でもそれ以上に北欧の寒い地方の音楽ながら逆に中にもの凄く熱いものがある曲だと思うんですよ。燃えたぎるような。

――情熱の氷付けというか。第1楽章に2回出てくる第2主題部分のヴァイオリン・ソロはまるでシベリウスの魂の叫びですね。

大谷:冷たい曲じゃなくて熱い曲に演奏したいなと思います。

――やっぱり太陽がない国だから逆にそういうものに憧れるんでしょうね。凍てついてますからね。

大谷:非常に人口の少ない国なんで自然が残っているというか。ヘルシンキの街中でもリスとか見たりしましたからね。それと自然の描写というかな……自然って恐い部分もあるじゃないですか。

――そうですよ。去年の大津波は10キロ以上も内陸に押寄せたそうですからね。

大谷:そういうエネルギーが結構曲の中に入っているんじゃないかと思われる場面もありますし。

――そういう連想をする部分もあるのですね。

大谷:ただ弾くだけなら弾けるヴァイオリニストは世の中に沢山いるわけで。何かそういうものを表現していければいいなと思っています。風とかをイメージしているような1回目のカデンツァとかはやはりそういう描写だと思うんですよ。初めの部分も霧のかかった中からフッと出てくるような。私はそういうイメージを持っています。

――あれはフィンランディアの交響曲版のような「第2」と「第3」以降の渋くなってしまったシベリウスとのちょうど中間の曲なんですね。その点もバランスがいいのかもしれません。それでは5月のシティフィル定期を楽しみにしています。

(於:ミッテンヴァルト)